解 答

2019年9月24日

問題は、

https://ameblo.jp/aiyou-shoshi/entry-12528258577.html

 

すべてセンター試験の問題文です。

選択肢を省略し、純粋な穴埋め問題にしてみました。

選択肢があれば答えられる問題でも、選択肢がないとけっこう難しく感じますね。

 

ア 毎年 イ 出挙 ('09本)

 

計帳は、調庸の徴収のために毎年作成した。

戸籍は、口分田班給のために6年ごとに作成された。

出挙は、律令制で実施された利息付貸与。春に稲を貸し付けて、秋に高い利息とともに徴収する。公出挙(国家が行う)と私出挙(民間で行われる)の2種類がある。

cf)賃租とは、口分田以外の公田(乗田)などを1年限りで借りて耕作すること。収穫の1/5を地子として太政官に納めた。

 

ウ 江田船山古墳 エ 木簡 ('08本)

 

稲荷山古墳(埼玉県)と混同しがちなので、区別したい。

稲荷山古墳出土鉄剣と江田船山古墳出土鉄刀の銘文にある「ワカタケル大王」の文字から、5世紀後半にヤマト政権の支配が東国まで及んでいたことがわかる。

「ワカタケル大王」は、雄略天皇、つまり、倭の五王の中の武をさすといわれている。

木簡とは木を削ったものに文字を書いたもので、記録や伝達に用いられた。

 

オ 万葉集 カ 出挙 ('14本)

 

万葉集は、現存最古の歌集。編者は、大伴家持とされる。

ここから「令和」が採択されたらしい(ご教示願います)。

cf)現存最古の漢詩集は、懐風藻。(勅撰ではないことにも注意!)

カは、選択肢がなければ厳しいかも。センター本試験では、新嘗祭と出挙の2択でした。

出挙は、イで既出。

新嘗祭は、収穫を神に感謝し、祝う秋の祭。皇室行事でおなじみ。古墳時代から続く行事だとか。

cf)春に豊穣を祈る神事は、祈年祭。

 

2019年9月30日

問題は、

https://ameblo.jp/aiyou-shoshi/entry-12528728511.html

 

センター試験('06本)からです。

本試験は、記述及び図に関する問題でした。

 

答えは、3ですが、1つづつ見ていきましょうか。(カッコ内は、「詳説日本史」のページ数)

1 〇 口分田は、律令の班田収授法に従って、諸国の戸を単位として班給される田地。(P43)

      6歳以上の男子に2段、女性に1段120歩が班給された。女性は男性の2/3(1段=360歩)

2 〇 墾田は、未開地や荒廃地を開墾してできた田地。(P53)

3 ✖ 公営田は、9世紀に実施された有力農民を利用した国家の直営田。(P63)

    823(弘仁14)年に太宰府管内に設けられたものが有名。畿内には存在しなかった。

4 〇 官田は、畿内に設けられた直営田。879(元慶3)年に設けられた元慶官田が有名。(P63)

 

続いての記述は、2012年に京都大学で出題された文からですが、一部省略・改変しました。

ア 西郷隆盛

大久保利通とどちらか悩むかもしれませんが、当時、大久保は米国にいました。(岩倉使節団)

イ 台湾

ウ 岩倉具視

明治時代に右大臣になったのは、三条実美と岩倉具視ですが、三条実美は当時太政大臣でした。

エ 三島通庸

後文の隣県が福島と想到すれば、出てくるでしょう。

オ 秩父

埼玉県秩父地方は、江戸時代から養蚕業・製糸業が盛んな地方であり、松方デフレの影響を強く受けました。そのため、困窮した農民らは困民党を結成し、武装蜂起したのです(秩父事件)。

カ 御真影

教科書にはない語。捨て問にしましょう。

 

(1) 樺太・千島交換条約

自分は、「千島・樺太交換条約」って書いたけど、教科書(P274)には「樺太・千島交換条約」って書いてますね。「千島・樺太交換条約」って書いても正解にしてくれると思いますが・・・

(2) 元田永孚、井上毅

これは、関西学院大の問題です。元田永孚、知ってます?

2019年10月8日

問題は、

https://ameblo.jp/aiyou-shoshi/entry-12529488912.html

 

すべてセンター試験の問題文です。

選択肢を省略し、純粋な穴埋め問題にしてみました。

ほんま、選択肢なしだと難しく感じますね。

 

ア 大江広元 イ 海道記 ('06本)

公文所は、後に政所と改称され(1191年頃)、1203年以後、北条氏が執権として独占します。

公文所(1184年設置)一般政務を担当 初代別当 大江広元(貴族)

問注所(1184年設置)裁判事務を担当 初代執事 三善康信(貴族)

侍 所(1180年設置)御家人を組織・統制 初代別当 和田義盛(東国御家人)

『海道記』は、1223年頃成立した紀行文(教科書P116に名のみ記載)。

鎌倉時代の紀行文には、『東関紀行』や阿仏尼の『十六夜日記』もある。

『十訓抄』は、年少者向けの説話集。

鎌倉時代の説話集には、『宇治拾遺物語』、『古今著聞集』、『沙石集』もある。

 

ウ 伊丹 エ 国訴 ('06本)

おもな特産物(P204)

酒の産地 伊丹・灘・伏見・池田

醤油の産地 野田・銚子・竜野

問題文の国訴は、1823年に起こった。

国訴は、豪農や在郷商人が、大都市の特権的な株仲間商人に対抗して、自由な経済活動を要求する動き。 「こくそ」とも「くにそ」とも読む。(P241)

越訴は、正式の手続きをしないで上級役人などに訴えること。

一揆の代表者が領主に直訴することを代表越訴型一揆という。(P222)

佐倉惣五郎や磔茂左衛門のように、一揆の代表者が義民として伝説化することが多かった。

 

オ 青物市場 カ 運上 ('04追)

有名な市場(P212)

青物市場 大坂天満・江戸神田

魚市場  大坂雑喉場・江戸日本橋

米市場  大坂堂島

運上は、株仲間などから徴収した営業税。(P223)

冥加とよくセットで出てきますが、それぞれの違いまでは知らなくてもよいと思います。

高掛物は、村高に応じてかかる付加税。(P189)

 

キ アヘン戦争 ク 講武所 ('10本)

アヘン戦争は、1840~42年。当時、日本では天保の改革が行われていた。

その結果が日本に伝わると、幕府は1842年、異国船打払令(1825年発令)を緩和して薪水給与令を発令した。

アロー戦争は、1856~60年。日米修好通商条約の交渉中に起こった。

講武所は、1856年に江戸に建設された幕府の武術訓練機関。

洋学の教育研究機関の変遷(P245,P259)

蛮書和解御用(1811、高橋景保の建議で幕府天文方に設置)→洋学所(1855)→蛮書調所(1856)→洋書調所(1862)→開成所(1863)→開成学校(1868)→東京開成学校(1874)→東京大学(1877)

2019年10月15日

問題は、

https://ameblo.jp/aiyou-shoshi/entry-12534327602.html

 

今回も、センター試験の問題の選択肢を省略し、純粋な穴埋め問題にしてみました。

 

ア 左院 イ 漸次立憲政体樹立の詔 ('15本)

1871年、廃藩置県後の官制改革で、太政官に三院制がとられた。

正院 政治の最高機関

左院 立法機関

右院 各省の連絡機関

漸次立憲政体樹立の詔は、1875年の大阪会議後に出された。元老院・大審院・地方官会議の設置が決まった。

元老院 立法諮問機関

大審院 最高裁に相当

地方官会議 府知事・県令からなる

枢密院は、1888年、大日本帝国憲法発布に向けて天皇の諮問機関として設置された。

立志社建白は、1877年、片岡健吉らが国会開設・地租軽減・条約改正などを求めて天皇に提出したが、却下された。

 

ウ 国会期成同盟 エ 集会条例 ('08本)

立志社(1874年、高知)→愛国社(1875年、大阪で設立)→国会期成同盟(1880年)→自由党(1881年)

(日本最初の政党は、1874年に結成された愛国公党)

集会条例は、1880年、集会・結社の自由を制限するために制定された。

保安条例は、1887年、大同団結運動や三大事件建白運動などの自由民権運動の再高揚に対して第1次伊藤博文内閣の山県有朋内相が発布し、民権派を皇居外3里の地へ追放した。

 

オ 山県有朋 カ 民力休養 ('05本)

1890年の第1議会で、山県首相は朝鮮半島を国家の安全独立を保障する「勢力範囲」である「利益線」として確保を主張した。

民党とその支持基盤である地主層は、民力休養と政費(経費)節減を要求した。

大同団結運動は、帝国議会開設前の1886年~89年にかけての民権派結集をめざすスローガン。

 

キ 防穀令 ク 製糖 ('04追)

防穀令は、1890年に朝鮮の地方官が大豆・米の日本への輸出を禁じた命令。

江華島事件は、1875年に日本の軍艦が江華島沖の公海上で挑発行為を行い、砲撃を受けた事件。翌1876年、日本は朝鮮に日朝修好条規(日本優位の不平等条約)を締結させ、開国させた。

日本は、日清戦争後の下関条約で台湾を獲得し、植民地とした。製糖業は、砂糖の産地である台湾で発展した。

製粉業は、日本国内で主に展開され、小麦などの穀物の場合が多い。

 

2019年10月21日

問題は、

https://ameblo.jp/aiyou-shoshi/entry-12536946249.html

 

ア 日本 イ 太陽 ウ 徳富蘇峰 エ 鈴木梅太郎

オ 機械 カ 理化学研究所(理研) ('04本)

三宅雪嶺 政教社 雑誌『日本人』(1888) 国粋保存主義

陸羯南  新聞『日本』(1889) 国民主義

徳富蘇峰 民友社 雑誌『国民之友』(1887) 新聞『国民新聞』(1890) 平民主義

高山樗牛 雑誌『太陽』(1895) 日本主義

陸羯南が刊行した新聞『日本』では、正岡子規が短歌・俳句の革新運動を進めました。

三宅雪嶺の著作『真善美日本人』

1910年に鈴木梅太郎が米ぬかから発見したオリザニン(ビタミンB1)は、世界で最初のビタミンの抽出であり、当時の日本の国民病である脚気の治療に貢献した。

機械類は、ドイツ・イギリスからの輸入品が品質も高く、技術的に進んでいたため、依存せざるを得なかった。

綿布は、日露戦争後には、朝鮮・中国へ大量に輸出された。

理化学研究所は、1917年に産業界・学界の要望で設立された物理・化学の研究およびその応用を目的とした研究機関で、特許・発明を工業化し、大河内正敏所長はこれをコンツェルン化し、新興財閥へと発展させた。

航空研究所は、1918年、東京帝国大学に附属して設立され、航続時間の最長記録を打ち立てるような技術開発を行った。

 

問1 2 ('04本)

 1 『日本改造法案大綱』は、北一輝による国家社会主義の著作

2 『日本資本主義発達史講座』は、野呂栄太郎によるマルクス主義経済の著作

3 『暗夜行路』は、白樺派の志賀直哉の小説

4 『国防の本義と其強化の提唱』は、陸軍が統制経済の訂正などを発表したパンフレット(岡田啓介内閣時)。陸軍が政治へ公然と介入する契機となった。

 

問2 2,3 ('15本改)

安井曽太郎は、大正~昭和期の西洋画家

二科会に参加した。代表作は、『金蓉』

二科会は、官展である文展に対抗するため、1914年、梅原竜三郎らが結成した在野の洋画団体

梅原竜三郎の代表作は、『紫禁城』

『慈母観音』は、狩野芳崖(明治時代の日本画家)作。漢画に洋画手法を取り入れた作品。